まんがで学ぶ「米百俵の精神」から生まれたふるさと長岡の先人たち

番組内容

 むかし、戊辰戦争で長岡の町はほとんど焼けてしまいました。
 そんなとき、長岡藩の御殿様の親せきにあたる三根山藩(今の新潟市西蒲区)から、長岡の人々を助けるために「百俵の米」が届けられました。
 長岡藩の大参事だった小林虎三郎は、「このお米をそのまま分けるのではなく、売ってお金にしよう。そして、これからの長岡を支える人を育てるために学校を作ろう」と考えました。
 そのお金で国漢学校の新しい校舎がつくられ、明治3年6月に坂之上町(今の大手通2丁目)に開校しました。国漢学校では、小林虎三郎の思いを大切にし、一人一人の才能をのばし、心を豊かに育てる教育がおこなわれました。ここに長岡の近代教育の土台が作られ、のちに、新しい日本を背負う多くの人物が生み出されています。

制作:米百俵まつり実行委員会
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